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東京高等裁判所 昭和57年(う)1429号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平井二郎、同長井導夫連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官宮本喜光名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点の第一(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、本件バー「ナイトスポツト」を経営していたのは中島ヨシであつて、有限会社中野商事ではないのに、同会社が経営していた旨認定した原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、検討するに、関係各証拠によると、次の事実を認めることができ、これに反する原審における証人中村代四郎、同中島ヨシ及び被告人の各供述は、他の関係各証拠に照らし、にわかに措信することができない。すなわち、

一  被告人は、昭和四〇年ころ、中島(旧姓「野原」)ヨシ(以下「ヨシ」という。)と同棲し、昭和四七年八月四日婚姻の届出をしたが、昭和五六年八月には同女と離婚した。被告人は、その間の昭和四二年ころ、ヨシと相談のうえ、その当時経営していた飲食店を法人組織に変更すべく、同年九月一八日、飲食業等を目的とする有限会社中野商事(以下「中野商事」という。)を設立し、自らはその代表取締役に、ヨシは取締役にそれぞれ就任した。

二  中野商事は、昭和四五年五月七日、足立信用金庫旭町支店から一五〇〇万円を借り受けて、これを資金に同月二六日山口茂信から同人所有にかかる東京都〓飾区亀有三丁目一二三番三所在の宅地及び建物を買入れ、右建物において、同年八月ころから本件バー「ナイトスポツト」の営業を始めた。したがつて、その営業開始に先立ち、風俗営業取締法や食品衛生法上の営業許可申請も中野商事の名義で行うべきであつたところ、被告人は、法人名義では営業許可が早期に受けられないことを慮り、その申請名義人を「中島ヨシ」としたため、料理飲食等消費税(以下「料飲税」という。)の特別徴収義務者の登録も同人の名義で行い、これが受理された。

三  昭和四八年ころからナイトスポツトに勤務し、昭和五一年暮ころから翌五二年秋ころまでの間、同店のマネージヤーをしていた中村代四男は、同店の最高責任者として、ホステスの採用、指導監督、催物等特別企画の計画、実施はもとより、売上金の保管、小口経費の支払い等に従事していたばかりでなく、閉店後、売上金や小口経費の支払いを整理して日計表を作成したうえ、当日の現金残高を明らかにし、これを道路向いにある飲食店「紅ばら」に勤務していたヨシに届けるのを常としていたが、中野商事の企画部長をしていた松村某が集金に来た場合は直接同人に渡していた。そこで、中野商事の事務員は、ヨシが中村代四男から受取つた現金や伝票を翌日中野商事の事務所に届けるので、これを照合点検して、中野商事の総勘定元帳(売上金勘定)に記載し、現金は都民銀行亀有支店及び足立信用金庫旭町支店に開設してある中野商事名義の預金口座に預け入れていた。

四  ナイトスポツトの従業員に対する給料の支払いや、同店で使用した酒類の仕入れ代金は勿論、同店に係る料飲税の納付もすべて中野商事が行い、ヨシがこれらを負担したことは一度もなかつた。のみならず、ナイトスポツトの利用客に対する売掛代金の請求も中野商事が行つており、また、クレジツト会社との信用販売に関する加盟店契約についても、中野商事が当事者となつて右契約を締結している。しかも、中野商事では、法人税の申告をするに当り、ナイトスポツトの売上金を自己の所得として計上する一方、ヨシは、中野商事から支給された給与と不動産所得のみを所得税の対象となる所得として申告し、ナイトスポツトの営業収益が同人の所得に当る旨の申告をしたことはない。

五  被告人は、中野商事の代表者として、ナイトスポツトをはじめ、同会社の経営する飲食店を巡回するなどして、売上の増加を図るとともに、その資金繰りや料飲税の納付についても、各店を指導監督していたが、ヨシは、主として、前記「紅ばら」に勤務していて、一晩のうちに何度かナイトスポツトに顔を出し、たまには客の接待をしたり、ホステスを採用する際、その面接に立会うこともあつたが、ナイトスポツトの経営全般に関与するようなことはなかつた。

以上認定したとおり、風俗営業取締法や食品衛生法上の営業許可の申請、あるいは料飲税の特別徴収義務者の登録がヨシの名義で行われているけれども、ナイトスポツトの管理、収益の帰属、従業員の雇用、これに対する給与の支払い、その他の諸経費の負担、施設の所有関係などからすると、ナイトスポツトを経営していたのは中野商事であると認めるのが相当である。してみれば、この点につき、原判決には何ら事実の誤認はないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第一点の第二(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決添付別紙(四)記載の売上のすべてが中野商事の接待分であつて、その分については当初から代金請求の意思がなかつたものであるから、これらは全部同会社の課税標準額に含まれないのに、番号4、8ないし15、17、19ないし21、23、24についてのみ接待分の計上を認め、その余の計上を認めなかつた原判決は、事実を誤認したものであつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、検討するに、関係各証拠によると、次の事実が認められる。すなわち、

一  ナイトスポツトでは、同店の利用客一組毎に売上伝票を作成し、その場で飲食代金を徴収しなかつた場合には、右伝票の裏面に接待に当つたホステスの氏名を記載するとともに、同店に備え付けてある売掛帳にはホステス名毎に利用年月日、客の氏名、売上金額を記載しておき、これを回収したときは、その受入金額欄に回収した年月日とその金額を記入し、期末までに回収できなかつたものについては、次期へ繰り越す扱いをしていたが、中野商事が接待した客の分については、売上伝票に「会社扱い」と記載して、その飲食代金を請求しない習わしになつていた。

二  原判決添付別紙(四)番号1ないし3の分については、昭和五一年一二月二四日、昭和五二年一月一一日、同月一六日の三回に亘り、いずれもホステスの「若菜」が山口を接待したときのものであるが、その飲食代金は翌五三年四月一〇日と同年五月九日に分割して、その全額を回収しており、番号5ないし7の分については、昭和五二年二月八日、同月一三日、同月二〇日の三回に亘り、ホステスの「なぎさ」が中島を接待したときのもので、いずれも期末まで回収することができなかつたため、次期へ繰り越されており、番号16の分については、同年八月九日、ホステスの「広美」が山口を接待したときのもので、その飲食代金は同月二九日に全額回収されており、番号18の分については、同月一二日、紅ばらのママであるヨシが松山を接待したときのもので、この分については、ナイトスポツトの売上伝票に「紅ばらママ扱い」と記載されているものの、ナイトスポツトの売掛帳には記載されておらず、紅ばらの売掛帳にママ扱いとして「ナイトスポツト松山」と記載されており、番号22の分については、同年九月一四日、中野商事の従業員である坂下が利用したものであつて、これも次期へ繰り越されており、右のいずれについても、その売上伝票に「会社扱い」とする旨の記載がなされていない。

以上のように、所論が接待分であると主張する売上の一部についてはすでに回収されており、他の一部については次期へ繰り越されているのであつて、これらの事実からすれば、本件当時、中野商事において、これらの飲食代金を利用客から徴収する意思がなかつたとは到底認めることができない。なお、所論は、番号18の分について、紅ばらの売掛帳に記載されていることからすれば、それは同店の売上であつて、ナイトスポツトの売上には当らないから、同店の課税標準額から控除すべきである旨主張する。なるほど番号18の分については、紅ばらの売掛帳に「ナイトスポツト松山」と記載されているが、その記載内容からも明らかなように、ナイトスポツトにおいて松山を接待したときのものであることが窺われるばかりでなく、その旨の同店の売上伝票も作成されているのであつて、これらの事実に徴すれば、番号18の分もナイトスポツトの売上に含まれるものと認めるのが相当である。そうすると、結局、右と同旨の判断をした原判決には何ら事実の誤認がないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点の第一(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、飲食代金等の計算を誤つて、利用客から過大な料金を徴収した場合、その超過料金は利用客に返還すべきものであるから、その分については地方税法一一三条二項の「料金」には含まれないのに、これも含まれるとし、これに同法一二二条を適用した原判決には法令適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、検討すると、ナイトスポツトにおいて、同店の利用客に対し、飲食代金を過大に請求したとされるものは、原判決添付別紙(三)記載のとおり、昭和五一年一二月分の一四六〇円、昭和五二年二月分の四三四〇円、同年三月分の一四〇〇円、同年八月分の五〇円、同年九月分の一四〇円のみであつて、これらの各月毎の課税標準額に対して占める割合は僅少であるので、仮に原判決に地方税法一二二条の適用を誤つた違法があるとしても、その違法は判決に影響を及ぼさないものといわなければならない。所論に鑑み、さらに検討すると、飲食店に備え付けてある料金表は、一応商品の標準価額を表示したもので、これにより利用客をして、利用契約の申込みをさせようとする申込みの誘引に過ぎず、利用客の申込みにより直ちに契約が成立し、飲食店の経営者において、全く再考の余地を残さない性質のものとは認め難く、したがつて、経営者が利用客に対し、右料金表に表示されている金額以上の飲食代金を請求し、しかもその超過部分が僅少であつて、利用客もこれに異議を留めることなく、その支払請求に応じたときは、両者間に右請求代金全額について合意が成立したものと解されるから、標準価額を超過した分も地方税法一一三条二項にいう利用行為と対価関係のある料金に含まれるものと解するのが相当である。ところで、関係各証拠によると、ナイトスポツトでは、簡単な料金表やメニユーを店内に備え付けており、そして、利用客に対し、飲食代金を請求する際には、右料金表に基づいて飲食代金を算出するが、利用客にはその明細を告知せず、総額のみを告知し、また、利用客も飲食代金の明細について説明を求めるようなことはせず、ほとんどが請求された代金に異議を留めないまま支払つており、所論のいう計算違いの分も右のような経過で支払われたことが認められる。そうだとすると、ナイトスポツトと利用客との間で、同店の請求した飲食代金全額について合意が成立したものであつて、所論がいう計算違いの部分も地方税法一一三条二項の料金に含まれるものというべきである。右と同旨の見解に立つて被告人を処断した原判決には法令適用の誤りはないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点の第二(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、東京都〓飾都税事務所長は、昭和五三年一一月二〇日、中野商事が利用者から徴収すべき本件料飲税につき、その申告税額を更正したので、中野商事としては、その更正額を納入すれば足りるのであつて、これを超える部分については納税義務を負わないのに、その超過部分についても納税義務があるとした原判決には地方税法一二二条の解釈、適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、検討するに、関係各証拠によると、東京都〓飾都税事務所長は、昭和五三年一一月二〇日、ナイトスポツトの昭和五一年一二月分から昭和五二年九月分までの料飲税につき、各月毎の課税標準額を更正し、その旨を中野商事に通知したこと、昭和五二年二月分、三月分、五月分及び七月分については、原判決の認定した課税標準額がいずれも右の更正額を上回つていることが認められる。

しかしながら、地方税法一二二条一項にいう同法一一九条二項の規定によつて徴収して納入すべき料飲税に係る納入金とは、更正処分により更正された金額をいう趣旨ではなく、同法一一三条一項の規定により、飲食店等の利用行為に対し、料金を課税標準として、利用行為者に課す金額をいうのであり、したがつて、特別徴収義務者がその金額を納入期限までに納入しなかつたときは、直ちに同法一二二条一項の罪が成立するのであつて、同法一二四条により都道府県知事の行う更正処分は、具体的租税債権を確定するために行う徴税手続上の行政処分に過ぎず、料飲税を納入しなかつた者に対し、刑事責任を問う刑事裁判とは、その目的、性質を異にするものであるから、料飲税の納入期限経過後に更正処分がなされたとしても、そのことにより一たん成立した犯罪に何ら消長を来たすものではないといわなければならない。なお、所論は、被告人は更正された料飲税のみを納入すれば足りるものと認識していたので、その更正額を上回る部分については犯意がなかつた旨主張するが、本件料飲税に対する脱税の犯意は犯罪の成立時に存すれば足りるものであるところ、本件につき更正処分がなされたのは昭和五三年一一月二〇日であつて、本件料飲税の納入期限から一年以上も経過しているうえ、関係各証拠によると、ナイトスポツトを営んでいた中野商事が資金繰りに追われていたため、ことさらに本件料飲税を過少に申告したことにつき、被告人自身十分承知していたことが認められるから、被告人は、本件犯行当時、脱税の認識を有していたことは明らかであるといわなければならない。してみると、原判決には法令適用の誤りは勿論、事実の誤認もないから、論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条を適用して本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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